★骨太方針に向けて 〜医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会報告書(案)〜

 2023/06/13

今週中にも骨太方針が閣議決定される予定であり、すでに(原案)が公開されているが、ひとまず関連する検討会の取りまとめをアップする。

こちらの「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会報告書(案)」については、今後の中医協総会でも議論されると聞いている。

長期間混乱が続くジェネリックのみならず、革新的な新薬においても、開発からサプライチェーンまでの諸問題が浮き彫りにされた。

あとはどうやって解決するかだが、それが分かれば誰も苦労はしないだろう。


1章 医薬品産業を取り巻く現下の諸課題
1.1 足下で顕在化している供給不安
○ 医薬品は、国民の健康及び生命を守る重要な物資であり、その供給が途絶えてしまうことは、国民生活に重大な影響を及ぼしかねない。日本では、これまで、品質の確保された医薬品が、安定的に供給されてきた。しかしながら、近年になって、日本において医薬品は安定的に供給されるという『神話』は、崩壊の危機に瀕している。○ 日本製薬団体連合会の調査によれば、令和4年(2022 年)8月末現在、医薬品全体の 28.2%に当たる 4,234 品目が出荷停止又は限定出荷2の状況にある。内訳をみると、先発品(長期収載品を含む。)が 300 品目(約7%)であるのに対し、後発品は 3,808品目(約 90%)、と後発品を中心として、医薬品全体に少なからず影響が及んでいる状況にある(後発品の全品目 9,292 品目のうち、約 41%が出荷停止等となっている)。○ しかも、経年変化でみると、この供給不安の状況については、改善するどころか、令和3年(2021 年)8月末時点から、出荷停止又は限定出荷となっている状況が継続しており3、国民の医薬品へのアクセスという観点からは極めて深刻な事態となっている。○ 現下の供給不安の背景には様々な要素や要因があると考えられるが、大きくは、後発品の産業構造上の課題、薬価基準制度上の課題、そしてサプライチェーン4上の課題が考えられる。これらに加え、令和2年(2020 年)からの新型コロナウイルス感染症の感染拡大による一部の医薬品への需要増加が供給不安に拍車をかけたと考えられる。各課題は相互に関係しており供給不安の原因を複雑化しているが、以下において、それぞれの課題について詳述する。
1.1.1 後発品産業構造上の課題
○ 現在足下で広がっている医療用医薬品の供給不安は、令和3年(2021 年)2月に実施された小林化工株式会社の医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「薬機法」という。)違反への行政処分以降、後発品企業による薬機法違反が相次ぎ発生し、これに伴い違反企業の製品について出荷停止が行われたことが端緒となっている。
○ この一連の行政処分については、各企業における誤ったガバナンスや不十分な教育、過度な出荷優先の姿勢、バランスを欠いた人員配置などが、製造管理及び品質管理上の管理不備やコンプライアンス違反につながったことが直接的な原因と指摘されている。
○ また、違反企業の製品が出荷停止となる76 ことに伴い、当該製品と同一成分規格にある他社製品に発注のしわ寄せが発生し、当該企業では在庫の消尽を防止するために限定的な出荷とすることで、結果的に、出荷停止が行われている品目の数倍もの品目について限定出荷が行われている状況にある。こうした法令違反による出荷停止を受けて、いわば巻き込まれ事故として限定出荷が行われていることについては、当該企業の製造能力の不足のほか、政府において、後発品企業に対し、薬価収載後少なくとも5年間の安定供給を義務づけている5ことが、供給不安の中で在庫消尽を防ぐために、逆に限定出荷に走らせたのではないかと指摘されているところである。
○ これらの背景には、これまで政府において後発品の数量シェア目標を掲げ、その使用促進策を進める中で、必ずしも上記のような企業の状況が十分に考慮されてこなかったことが、結果として、安定的かつ機動的な生産体制の確保につながっていなかったこともその一つとして考えられる。
○ 加えて、後発品企業での製造工程の複雑化や業務量の増大といった製造実態の変化に対して、製造所への立入検査などにより、それらの問題をチェックする各都道府県の薬事監視の体制は必ずしも十分に機能しているとは言い難く、また、国と都道府県の薬事監視の情報共有を含めた連携体制も十分に整備されていない状況にあった。
○ 以下において、後発品の使用促進策が進められる中で構築されていった、後発品産業特有の産業構造上の課題について記載する。
(産業構造の現状)6
○ 政府においては、平成19年(2007年)より後発品の数量シェア7に係る目標を定め、使用促進策を早急に進めてきた。その結果、後発品は、今や品目数では医療用医薬品全体の約半数を占め、国民の医療に欠かせないものとなっており、約 190 社が約11,000 品目の後発品を供給している。
○ 後発品を供給する約 190 社のうち、後発品を 100 品目以上供給している企業は 30 社であり、50 品目未満の企業は 148 社ある。これを数量シェアで見ると、上位8社で後発品市場の 50%を占め、残りの 50%を 185 社で分け合っており、後発品を供給する先発品企業も含まれているものの、後発品産業は、品目数や供給数量が少ない企業が多いという特徴があると考えられる。
○ これは諸外国と比較しても、日本は10 億105 円未満の売上規模の後発品企業が 67%を占めるのに対して、米国では 33%、英国では 11%となっており、日本の後発品企業の1社当たりの売上げ規模は小さい傾向にある8。
(少量多品目生産)
○ 後発品企業においては、以下の要因により、結果として多くの企業が新規後発品を上市し、1社当たりの製造販売品目数が多品目となり、少量多品目生産が広がったと考えられる。
・ 後発品の新規収載時の薬価については、収載直後は比較的収益性が高いため、多くの後発品企業が新規薬価収載を希望し、製造販売品目数の増加が進んだこと
・ 平成 17 年(2005 年)施行の薬事法改正により、医薬品製造の委受託が可能となったとことと併せて、後発品の共同開発が認められることとなり、開発コストが低廉化した。これにより、新規収載品が上市しやすくなり、同成分同規格の製品が多数の企業から製造販売されることとなったこと
・ 後発品は医療上必要な医薬品として広く使用されている中で、市場から容易に撤退することはできず、後発品を製造販売する企業は、薬価収載後少なくとも5年間の安定供給を義務づけられており、少量であっても、医療上の必要性がある限り供給継続が求められていること
○ 小規模で、生産能力も限定的な企業が多い後発品企業における少量多品目生産においては、事前準備や洗浄等の工程が増加することによる製造工程の複雑化に伴う製造の非効率に加え、以下のデメリットが指摘されている9。
・ 管理業務の増大につながり、人員配置や教育研修など、製造所の生産全体を管理監督する体制のリソース不足につながること
・ 製造工程の管理上の不備や汚染等による品質不良のリスクの増大につながること
・ 常に製造キャパシティの限界に近い稼働状況であるため、緊急増産等の柔軟な対応は困難であること
○ このようなリスクに対しては、製造品目の増加に応じた人員配置や、製造管理及び品質管理に必要な教育研修などの管理監督体制の強化等が必要となるが、それらが十分に整備されていなかった企業における製造管理や品質管理の不備による法令違反や品質不良の発生が、供給問題の原因の一つとなったと考えられる。
○ さらに、前述のとおり、製造所への立入検査などによりそれらの問題をチェックする各都道府県の薬事監視についても、徹底が図られているとは言い難い状況にあった。
(低収益構造)
○ 限られた生産体制下での少量多品目生産という非効率な生産構造の下で製造された後発品は、後述する薬価下落の影響も受け、その収益性が低くなる傾向にある。
○ また、こうした収益構造の中で、一部の後発品企業は早期に市場を退出する実態もあり、結果的に市場に残った企業が低薬価での供給継続を行うこととなり、企業間での不公平も指摘されている。
○ 後発品企業では、こうした低収益を補うため、先発品の特許切れがあると、新規収載品を再び上市する傾向にあり、このことが品目数の増加につながるとともに、少量多品目生産の構造を更に強くするという悪循環を生じさせている。
○ また、少量多品目生産の影響等により、製造余力はほとんどない状況にあることに加え、複雑な製造計画の中で、緊急増産等の柔軟な対応も困難な状況にあり、結果として、現下の供給不安の改善に時間を要することにもつながっていると考えられる。
○ このような後発品の低収益構造は、以下に記載する後発品の①流通慣行や②製品特性に起因していると考えられる。
(①流通慣行)
○ 後発品企業自らがシェア獲得のため値引きして販売することや、流通取引において、「総価取引」の際の調整弁として使用されることにより、取引価格が下落し、それが市場実勢価格とされることで、薬価改定の都度、その下落を反映する形で薬価が引き下げられている。
(②製品特性)
○ 後発品同士は同じ有効成分、同じ効能・効果を有するという特性上、価格以外で差別化しにくい10ことから、自社の品目を他の企業より多く販売するための価格競争が繰り返されることとなる。
1.1.2 薬価基準制度上の課題
(薬価の下落)
○ 薬価は、原則として市場実勢価格に合わせる形で改定が行われており、上記のような価格メカニズムが働くことで、後発品の薬価は早期に下落する傾向にある。
○ この薬価の下落が、後発品企業の経営を圧迫し、新規収載品の上市による更なる少量多品目生産や、安定供給に資する生産設備等への投資を困難にさせることにつながっていると指摘されている。
○ また、薬価を下支えする制度として、最低薬価、不採算品再算定及び基礎的医薬品といった制度が導入されているが、適用要件などにより、対象となる医薬品が限定されているなどの課題が指摘されている。
○ 具体的には、最低薬価が設定されていな174 い剤形区分があることや、不採算品再算定については2年に1度の適用ではコスト増の薬価への反映に時間を要すること、基礎的医薬品については薬価収載後長期間経過した品目に限られること等が挙げられる。
○ 後発品以外においても、生物由来製品(血液製剤等)や輸液等については、製造方法や原料の特殊性、製造工程が多段階であり大規模な設備を必要とすること等から、後発品企業の参入が難しく、少数の企業のみで安定供給を担っている。
○ これらの製品は、上記のような特殊性により、製造の合理化が難しいこと等から、現行の薬価を下支えする制度の活用等、安定供給を担保するための配慮が求められる。
1.1.3 サプライチェーン上の課題
(サプライチェーンの断絶リスク)
○ 安定供給に係るもう一つの大きな要因として、サプライチェーン上にある様々なリスクの顕在化が挙げられる。医薬品の製造開発過程においては、世界的にも水平分業が進展しており、これは経済合理には合致する一方で、同時に、不安定な国際情勢の下では、医薬品供給の観点からは、地政学上のリスクにもつながっている。
○ 例えば、日本においては、後発品を中心に、その原薬や原材料の調達において、中国や韓国といった国々に依存している度合いが高くなっているが、特に、後発品については、収益確保のため、より安価な原料を海外に依存しており、約半数は海外から輸入した原薬を使用している11。また、バイオ医薬品についても、製造に高度な技術と工程管理が必要であるため、製造工程を海外に依存している事例が多く、近年急速に輸入が増加し大幅な輸入超過となっている。
○ このことは、これらの国々の事情による供給停止のリスクや、あるいは昨今見られるように、為替変動や物価高騰等に伴うリスクを高めることにつながっている。○ 抗菌薬の一つであるセファゾリンについては、今や国内で原薬の製造が行われておらず、そのほぼすべてを中国に依存している状況にあり、令和元年(2019 年)に中国の原材料を生産する工場での製造トラブルにより出荷が停止され、これがセファゾリンの供給不安につながって、医療現場では手術を延期せざるを得ない事態が発生したことは記憶に新しい。
○ さらに、日本国内の医薬品製造に係る規格基準や試験の根拠として使用される日本薬局方に定められた規格等が、海外の薬局方と異なることにより、医薬品の安定供給に影響している事例も報告されている。また、前述の少量生産により原薬の調達量が少なくなることによる、原薬の調達価格の上昇や、原薬製造業者における供給先としての優先順位の低下なども課題として指摘されている。
○ こうした原薬や原材料の調達段階を中心209 としたグローバルサプライチェーンの断絶化の動きだけでなく、国内のサプライチェーンにおいても、製薬企業において在庫管理を行っていた倉庫の火災により、特定品目やその同一成分規格の品目に供給不安が生じるといった事態も発生している。
○ このようなサプライチェーンが断絶することにより供給不安につながるリスクについては、一義的には医薬品を供給する製薬企業において事業継続計画(BCP)という形で対策が求められる。
○ しかしながら、現下の後発品の供給問題のように、当該リスクの背景には、例えば、公定価格により価格転嫁が困難である等の制度的又は構造的な要因により、一企業だけではリスクへの十分な対処が困難な場合があると考えられる。リスクが顕在化した場合、医療への影響を考慮し、いわば医療安全保障という観点から公的関与が求められる。
(サプライチェーン情報の共有化に向けた現状の取組)
○ 医薬品は安定的な供給が行われることが求められるが、上記のサプライチェーンの断絶など何らかの事情により、出荷停止又は限定出荷が行われる場合がある。その際には、医療上の必要性に応じて、代替薬の使用や他の製薬企業による増産対応、買い占め等による在庫の偏在防止等の取組が必要となるが、こうした取組を適切かつ効果的に実施するためには、その前提として、一連のサプライチェーン情報について流通関係者間での適切な共有が重要である。
○ また、医薬品の 28.2%が出荷停止や限定出荷となっている現状において、一元的かつ十分な情報提供がなされていないことが、先々に不安を抱く医療関係者からの注文の増加を招き、このことが更なる限定出荷につながっているという実態も指摘されている。
○ こうした状況に対して、現状では、平時から出荷停止又は限定出荷のおそれがある場合には、製薬企業に対して、供給再開の見通しや代替薬又は代替治療等に関して情報提供を行うよう指導が行われている12ほか、足下の供給不安に対しては、日本製薬団体連合会において、医療用医薬品全体の出荷状況の調査及び公表が定期的に行われている。
○ しかしながら、供給側の情報に限定されていることに加え、その情報の公表も現在は1ヶ月ごとであり、在庫の偏在等を防止するための一連のサプライチェーン情報の共有という観点からは、必ずしも必要な情報が迅速に共有されているとは言い難い状況にある。
1.2 創薬力の低下242 とドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの懸念
1.2.1 日本の創薬力の低下
(世界の潮流と日本の現状)
○ 世界の医薬品市場を俯瞰すると、日本起源の医薬品の品目数の減少や、それらの医薬品の世界市場シェア(売上高)の低下など、日本の医薬品産業の国際競争力の低下が見て取れる状況にある。
○ 具体的には、医療用医薬品の売上額世界上位 100 品目のうち日本起源のものが 12 品目(2003 年)から 9 品目(2020 年)に減少し、日本起源の品目の世界市場シェア13(売上高)は 12.1%(2000 年)から、9.8%(2019 年)に低下している。
○ また、国内市場における売上シェアについても、外資系企業が内資系企業を上回る状況14となっており、貿易収支では、輸入超過による赤字が拡大15している。
○ これらの現状を踏まえ、日本では、「医薬品産業ビジョン 2021」、「健康医療戦略」といった医薬品産業が向かうべきビジョンや戦略を打ち出してきたが、産業育成やグローバル展開の観点が不足しており、関係する中長期的な KPI も示されていないと指摘されている。
○ この点、諸外国においては、具体的な定量目標も含めた戦略が打ち出されている。例えば、英国では、「Life Science industrial strategy」が作成され、この中で、科学力強化等の5項目について具体的な数値目標が提示されている。また、韓国では、「バイオ革新戦略 2025」が策定され、国産新薬の開発(新薬候補物質を新規 100 個、ブロックバスター165品目を創出)を目標に掲げるなど、中長期的な戦略が策定されている。
○ こうした現状を踏まえ、諸外国のように、グローバル展開も見据えた中長期的な戦略を策定し、実効性のある取組を行う必要性が指摘されている。
(モダリティ1 7の変化)
○ 近年、従来型の低分子医薬ではアプローチが困難であった創薬ターゲットに対して、バイオテクノロジーやゲノム解析などの技術が大きく進化したことに伴い、高度な個別化医療、希少疾病、予防医療等の研究が進んだ結果、創薬のモダリティが多様化している18。
○ こうした中、日本の創薬力低下の大きな要因の一つとして、製薬企業が新規モダリティの変化に立ち後れてきたことが挙げられる。
○ 日本の製薬企業がこの変化に立ち後れた273 原因は様々あると考えられるが、例えば、日本製薬工業協会のレポート19によると、90 年代に世界的な医薬品のトレンドが生活習慣病となる中で、国内の大手製薬企業は、先の見えないバイオ医薬品ではなく、生活習慣病関連の医薬品の研究開発に集中するとともに、それら大型商品の海外販路拡大へ投資することを選択したことが挙げられている。
○ この結果、2000 年前後に欧米大手はバイオの技術やシーズを買収し、バイオ医薬品のパイプライン20拡充を図ったが、国内大手はそのスピードに追いつかず遅れを取ることにつながったことが指摘されている。このような企業行動となった背景の一つには、バイオ医薬品等の新しい分野の製品を開発せずとも一定程度安定的な収益を上げることができている環境にあったことが考えられる。
○ また、バイオ医薬品、再生医療等製品等の新規モダリティと従来の低分子医薬では、創薬プロセスが異なり、モダリティの変化に伴って、研究開発のみならず、製造や販売などのバリューチェーン全体でより広範で高度な技術や知識が求められるため、その事業化に当たっては、組織や人材の能力(ケイパビリティ)を変革させなければならないが、上記のような背景の中で、日本の多くの製薬企業はこの投資に踏み切らなかったものと考えられる。
(研究開発型のビジネスモデルへの転換促進の必要性)
○ 本来、研究開発型の収益構造(ビジネスモデル)として求められるのは、以下のとおりと考えられる。
・ 特許期間中の新薬の売上で当該新薬の開発に係る研究開発費を回収するとともに、新たにバイオ医薬品を含む革新的新薬の創出に向けた投資を行う
・ 後発品上市後は、自らは市場から撤退し、後発品企業に安定供給等の役割を譲る
○ しかしながら、日本の製薬企業は、欧米の企業と比較し、必ずしも十分な研究開発力を有していない中で、後述のとおり、薬価制度上の課題もあり、結果として、長期収載品による収益に依存している先発品企業が多い傾向にある21。
○ このような実態を踏まえ、高い創薬力を持ち国際競争力を有する産業構造へと変革(トランスフォーメーション)していくため、新薬の開発を製薬企業に促す取組を更に進める必要がある。
(長期収載品の置換え)
○ これまで政府においては、長期収載品に依存しない企業を育成するため、薬価制度22において後発品の置換え状況に応じて長期収載品の薬価を引き下げることで、研究開発型のビジネスモデルへの転換を促すと306 ともに、長期収載品から後発品への置換え政策を推進してきた。
○ この結果、後発品への置換えは数量ベースで目標である約8割に達しようとしているが、金額ベースでは約4割と諸外国と比較しても低い水準にあり、先発品企業は、依然として長期収載品による収益に依存した体質から抜け切れていない状況にあると考えられる23。
○ この点については、後発品への置き換わりが進まない長期収載品を詳細に分析すると、先発品企業による長期収載品の収益への依存のほか、例えば、治療ガイドライン上24で後発品への切り替えが推奨されていないといった理由により長期収載品が継続的に使用されていること、患者自身が企業努力によって創出された薬剤の使用感等の付加価値を選好することや、医療費助成制度等の存在により後発品を選ぶインセンティブが働かない場合があること等によって、長期収載品が使用されているといった事情もあると考えられる。
○ 加えて、バイオシミラーについては、後発品に比べ認知度が低いことや、先発品と効能・効果等がそろっていない場合があること、有効性及び安全性の観点等から治療中の切替えが行われにくいこと等の理由により、長期収載品からの置換えが進んでいないと指摘されている。
○ また、オーソライズド・ジェネリック(AG)25は、先発品と同一の製剤処方で製造されるため、先発品と同様であるといった安心感から市場シェアを獲得しやすい傾向があるが、先発品企業が AG の製造販売業者からライセンス料等を得るケースが多く、形を変えた先発品企業の長期収載品依存となっていると指摘されている。
○ このような実態も踏まえながら、様々な使用実態(抗てんかん薬等での薬剤変更リスクを踏まえた処方、製剤工夫による付加価値を踏まえた選好等)や安定供給の確保を考慮しつつ、引き続き、長期収載品からの更なる置換えを図るための取組を推進することが求められる。
(開発主体の変化)
○ 近年の医薬品研究開発の複雑性や専門性の高まりから、革新的新薬の創出はベンチャー企業が中心となっている。加えて、実用化段階に至るまでの臨床試験の実施や承認申請、販売等については、ベンチャー企業がその技術やノウハウ、専門人材を有していないことが多く、大手製薬企業との協336 業(オープンイノベーション)によるエコシステム26を構築することが必要と認識されている。
○ ベンチャー企業を取り巻くエコシステムの構築に向けて、これまで、専門家による総合支援を行う医療系ベンチャー・トータルサポート事業(MEDISO)や、開発資金の供給不足を解消するための創薬ベンチャーエコシステム強化事業等が実施されてきており、ベンチャー支援に資するプログラムは増加し、ベンチャー企業由来の品目は徐々に増加しつつある。
○ 世界の医薬品売上高シェアを見ると、大手製薬企業が 64%を占める(ベンチャー企業は 14%)一方で、開発品目数ではベンチャー企業が 80%を占めているとされている27。世界的に創薬開発の担い手はベンチャー企業となっているが、日本国内におけるベンチャー企業の開発品目数の割合は2%に過ぎない。
○ このように、日本においても、ベンチャー企業の育成やベンチャー企業と大手製薬企業との協業を図るための取組が進められているものの、その実績は海外と比較すると非常に少ない現状にあり、ベンチャー企業の育成やエコシステムの構築が十分であるとは言えない状況にある。
○ この背景にある課題として、以下の4点が指摘されている。
・ まず、人材獲得の困難性についてである。ベンチャー企業の経営に当たっては、高度な科学技術に加え、薬事規制や薬価制度の理解、財務や知財管理等、会社経営に必要な専門知識が求められるが、ベンチャー企業では、大手製薬企業からのスピンアウト人材を雇用しているものの、海外と比較し日本は依然として人材の流動性が低いことから、必要な人材の確保が困難であることが指摘されている。
・ 2点目として、アセットが少ないことについてである。アカデミア発の創薬基盤技術を保有しているベンチャー企業においては、自社でアセットの創出から臨床開発まで進めている企業はまだ多いと言えない状況にあることが指摘されている。
・ 3点目として、資金調達の困難性についてである。医薬品の研究開発に当たっては、多額の資金を要し、特に第2、第3相試験では莫大な金額が必要であるため、投資家等による支援が不可欠である。欧米では、ライフサイエンス分野に投資するベンチャーキャピタル(VC)が多く存在し、ファンド規模も大きいが、日本では数、規模ともに小さく、ベンチャー企業が医薬品の研究開発に必要な資金調達が困難であることが指摘されている。
・ 最後に、グローバル化の問題として、人材や資金調達に関して、国内でのリソース確保が難しい状況にあるが、日本のベンチャー企業はグローバル化が遅れているため、海外の豊富なリソースを活用できていないという点も指摘されている。
1.2.2 370 ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの懸念
○ 海外で使用されている医薬品が、日本で上市又は開発されておらず使用できないという、いわゆるドラッグ・ラグ問題については、かつては国内での承認審査に長期間を要していたこと等により生じていたが、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)による承認審査の迅速化や国際共同治験の推進等により、その解消が図られてきたところである。
○ しかしながら、近年において、欧米では承認されているが国内では未承認の医薬品が拡大する兆候が見られている。令和5年(2023 年)3月時点の日本製薬工業協会からの情報によると、欧米で承認されているにもかかわらず、国内では未承認の医薬品が143 品目あり、このうち、国内で開発未着手となっている医薬品は 86 品目(未承認薬のうち 60.1%)あるとの報告が行われている。国内開発が未着手の 86 品目について、その内訳を見ると、ベンチャー企業発の医薬品や、希少疾病用医薬品、小児用医薬品の割合が比較的多くなっている。
○ このような状況は、過去に見られたように、欧米と比べて日本での承認時期が遅れるというドラッグ・ラグのみならず、そもそも海外企業による日本での開発が行われないというドラッグ・ロスの懸念も生じていることを示している。
○ この背景には、企業経営に影響を与える薬価引き下げや薬価制度の予見可能性、日本市場への成長期待の低さが、外資系企業の日本市場への医薬品上市の敬遠につながっていることが指摘されている。
〇 特に、国内での開発の未着手の割合が高い希少疾病や小児、難病等を対象とした医薬品については、相対的に市場規模が小さいこともあり、日本市場では安定的な売上げが見込めないと捉えられているおそれがあることが指摘されている。
○ また、こうした薬価制度に起因する課題に加え、患者数の少ない疾患であっても、薬事承認申請において、日本人を組み入れた臨床試験で有効性、安全性を検証することが求められることによる負担増といった薬事の課題も指摘されている。
(臨床試験、薬事制度)
○ 医薬品の開発において、最もコストを要するのは臨床試験の実施であるが、日本における臨床試験の実施コストは、国際的にも比較的高い方であると言われている。その理由としては、医療機関における臨床試験費用の算出根拠が国際標準とは異なることや、医療機関の規模が小さく、被験者の人数に比して医療機関の数が多くなることから、契約等の手続に要する手間が多いこと等が挙げられる28。
○ 海外のベンチャー企業が医薬品開発を行う場合、日本での開発は行われないことが多い。製薬企業が医薬品開発を行う地域の優先順位は、一般に、最も市場規模の大きな米国が最優先であり、次に、人種が共通であり米国での承認申請に用いたデータをそのまま活用しやすい欧州が優先される。その次にアジア地域が検討されるが、米国との人種差により、通常、アジア人での追406 加的な臨床試験の実施が求められる傾向にあり、事業規模が小さくとも企業経営が成立するベンチャー企業では、追加コストを要するアジア地域での開発が行われない傾向にある。
○ また、大手海外企業の医薬品開発においても、日本での開発が行われないケースが増加傾向にあると指摘されている。自社創製シーズの開発にあっては、近年は世界同時開発が主流であり、開発初期からアジア地域を含めて検討されることから、こうした問題は生じにくいと考えられてきた。しかし、創薬環境の変化に伴い創薬シーズをベンチャー企業に依存する傾向が強まっており、日本での開発が着手されていない創薬シーズを開発後期の段階で導入するケースが増加している。その際、上述したような日本市場の魅力低下も相まって、日本での追加的な臨床試験の実施コストに見合った市場性が認められず、開発を行わない判断がなされる場合がある29。
○ さらに、欧米の薬事承認申請で使用した資料については、日本の承認審査において各種データの受入れは進んでいるものの、言語や規制の観点から、各種資料をそのまま活用できないといった課題もある。日本の薬事制度の情報が海外から得にくいことと相まって、申請準備から承認申請までの期間が長くなり、結果として関連費用が高くなるため、特にベンチャー企業にとって日本での開発を遅延させる要因の1つとなっている。
○ 臨床試験における患者募集(リクルーティング)にも課題がある。特に知名度の低いベンチャー企業が実施する治験においては、被験者(患者)の治験への理解度、信頼度が必ずしも高くないことや、医療機関との関係性も構築されていないことから、リクルーティングに時間、コストが費やされる傾向にある30。
(患者団体からの意見)
○ ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスに関する問題意識や、希少疾病用医薬品指定制度といった薬事制度等に関して、本検討会でヒアリングを実施した患者団体からは以下の意見があった。
・ 企業にとっては、薬事承認に当たっては日本人データが必要とされることや、海外企業が申請する際に日本語対応が必要であることが負担となっていると考えられる。
・ 希少疾病用医薬品指定制度があるが、米国では日本の 10 倍もの品目が対象になっており、日本の制度が使いづらいのではないか。
・ 患者団体として、新薬開発に積極的437 に協力したいと考えているが、治験の情報が患者に届いていないことが問題。既に整備されている厚生労働省のデータベース(jRCT31)の情報は専門家向けであり、一般の患者は理解するのが難しい。
・ ドラッグ・ロスの問題に関し、各関係者がばらばらに対応している印象を抱いている。国内の治験実施数を倍増させるには患者の協力をどうするのかなど、患者側も含めて関係者全員で考える場を急いで作る必要がある。
1.2.3 薬価基準制度上の課題
(原価計算方式による課題)
○ 新薬の薬価は、類似薬効比較方式32又は原価計算方式33により算定され、医薬品の革新性及び有用性については、薬価に補正加算34を行うことで評価がなされる。
○ 革新的な医薬品の多くは原価計算方式が採用されるが、当該方式は、価格設定の根拠となる費用に係る情報が必要となり、現状では、その多くが海外企業の開発品であることから、原価開示度35が極めて低くなるケースが多く、価格設定の透明性に対する課題が指摘されている。さらに、海外のベンチャー企業が革新的新薬の主な担い手になり、水平分業による医薬品開発が広がるなど、創薬環境が複雑化し原価の算出が困難になっている現在においては、原価計算方式において透明性を求めることに限界があると指摘されている。
○ また、原価計算方式では、当該品目の研究開発費用は計上されているものの、創薬に係るリスク負担が十分に考慮されていないという指摘もある。
(補正加算の妥当性)
〇 医薬品の革新性及び有用性については、現行の薬価制度上は補正加算という形で評価が行われている。補正加算については、適用の要件や定量的評価の指標が定められていることに加え、薬価算定結果や薬価算定組織36の議事録の公表により、企業における予見性を持たせる対応が行われている。
○ 現行制度では、薬事承認から原則60 日以463 内、遅くとも 90 日以内に薬価収載されることになっており、この点は高い予見性を維持しているが、このような迅速な対応が可能なのは、薬事承認プロセスにおける医薬品の有効性や安全性の評価を活用して医薬品の価値を評価しているからである。
〇 補正加算の適用については、薬機法に基づく製造販売承認に係る審査報告書で評価された臨床試験成績における評価を基本として判断されるが、当該報告書は品質、有効性及び安全性を確認、評価し、薬事承認の可否を判断するものであるため、「品質・有効性・安全性を判断するために必要ではないことから審査報告書に記載されないデータ」、「審査報告書に記載があっても、主要評価項目以外のデータ等であって有用性評価の根拠とされていないデータ」などについては、結果的に補正加算の判断に使用されない傾向がある37。
〇 また、補正加算のうち有用性加算の要件には、対象となる疾患に対して既存治療(医薬品以外の治療法を含む。)がある場合、当該既存治療と比べて客観的に優れていることが求められるものがあるが、例えば、希少疾病や小児、難病を対象とした医薬品においては、患者数が少ないため他治療群を比較対象とした臨床試験を実施することが困難な場合が多く、既存治療との比較を客観的に示せないことがある。そのため、特に開発が望まれる希少疾病用医薬品等については、有用性の観点の補正加算を取りにくい傾向がある38。
(新薬創出等加算の企業要件)
○ 新薬創出・適応外薬解消等促進加算(新薬創出等加算)は、薬価改定による薬価引き下げが開発コスト等の回収の遅れにつながり、ドラッグ・ラグに影響しているとの指摘があったことを踏まえ、後発品が上市するまで等の間、薬価を維持することで、研究開発コストを回収しやすくすることにより、革新性や有用性の高い医薬品の研究開発を促進する制度として導入された39。
〇 新薬創出等加算の対象品目は、当初は新薬のうち乖離率が全品目の平均以下の品目が対象となっていたが、平成 30 年度薬価制度改革において真に有効な医薬品を適切に見極めてイノベーションを評価することとしたため、真に革新性や有用性の高い医薬品に限定され(品目要件)、さらに、製薬企業による革新的新薬の開発やドラッグ・ラグ解消の実績や取組等に関する指標を設定し、企業ごとの当該指標の達成度及び充足度に応じて、加算に傾斜を付ける仕組み(企業要件)が設けられている40。
〇 品目要件の追加により、新薬創出等加算の対494 象品目数及び成分数が減少41した。また、企業要件により、全ての新薬創出等加算対象品目の薬価が維持できることにはならないため、特許期間中の薬価が維持できる諸外国の制度42と比べ、日本市場の魅力低下を招いていると指摘されている。
〇 また、企業要件は、これまでの研究開発実績を評価することから、多数の品目を取り扱う大企業に有利な制度であり、近年、開発主体となりつつあるベンチャー企業等の少数の品目を扱う企業43にとっては、完全に薬価を維持することが困難な仕組みとなっている。
(市場拡大再算定の対象品目)
○ 市場拡大再算定44は、国民皆保険の持続性の確保を目的に、薬価改定の際、薬価収載時の前提条件が変化し45、市場規模が予想に比べて一定以上拡大した医薬品について、拡大率に応じて薬価を引き下げる仕組みとして導入されている。
○ また、市場拡大再算定については、市場における公平性の観点から、全ての薬理作用類似薬について、同時に市場拡大再算定が適用される制度となっている46。
○ 一方、以前は、単一の効能・効果を有している医薬品が多く、複数の効能・効果を有する医薬品は多くなかった。しかし、現在は、新薬の主流であるバイオ医薬品を中心に、特に抗がん剤や代謝性疾患分野において、1つの薬剤で幅広い効能・効果を有するものが多くなっている47。
○ このような効能・効果が多い製品では、他社の品目が市場拡大再算定を受けることに伴い、類似品として再算定の対象となる可能性が増加し、企業が事前に想定していない再算定が行われるなど、予見可能性の低さが問題として顕在化してきた。その結果、効能・効果を追加することで新たな治療の選択肢を提供しようと努力している企業にとって、投資コスト回収の見込みが立たないリスクにつながり、日本への上市の魅力を低下させている懸念も指摘されている。
(外国平均価格調整)
〇 外国平均価格調整により薬価引上げを行うルールがあるのは、新規収載時のみであるため、特に革新性が高く原価計算方式により算定されるような医薬品については、海外複数国で上市した後に日本で薬価収載する方が、外国引上げ調整により高い薬価を算定される可能性が高い。そのため、世界に先駆けて開発された新薬であっても、日本より海外で先に上市することを助長するとの指摘もある。
(薬価制度改革の頻度)
○ 新薬の薬価収載に関しては、原則として、薬事承認を受けた医薬品は薬価収載されるが、企業は上市判断時(概ね第3相臨床試験結果の判明時)までに、複数回、投資に対する利益回収の可能性を予測し、研究開発の継続と上市の可否を検討している。
〇 しかし、薬価改定の際には、イノベーションの推進と国民皆保険の持続性を両立する観点等から薬価制度の見直しが行われるが、企業経営に大きな影響を与えるような薬価制度改革が頻回に行われると、不確実性が増大し、当初計画していた投資コスト回収が困難となるリスクが高くなる。その結果として、日本市場はリスクが高いとして医薬品の開発が先送りにされる、あるいは他国での開発が優先されるおそれがある。
〇 また、仮に投資コスト回収に要する期間が延長した場合、企業は投資コストを早期回収するため、後発品が上市された後も特許満了後の新薬の販売を継続することが必要となり、結果として長期収載品による利益への依存を誘導する一因となることが懸念される。
1.3 医薬品流通における課題
1.3.1 薬価基準制度と医薬品流通の変遷
○ 医薬品は、薬価基準に基づき、国によって価格(薬価)が決められ、主に製薬企業から医薬品卸売販売業者を介して医療機関や薬局に販売されている。医療保険から医療機関等に対して償還する価格(薬価)は統一的に定められている中で、製薬企業、医薬品卸売販売業者及び医療機関等との取引は、自由取引に委ねられていることから、医薬品卸売販売業者と医療機関等との間で取引される価格(実勢価格)と薬価の間には差額(薬価差)が発生している。
〇 その上で、医薬品が適正な薬価により流通されることを目的に、薬価を実勢価格に近づけるため、これまで実勢価格の調査(薬価調査)を行った上で、薬価改定が行われてきた。その際、薬価改定のルールは、薬価基準制度の下、時代とともに変更され、それにより流通の在り方も変遷してきている。以下、薬価基準制度と医薬品流通の変遷について記載する。
①バルクライン方式
○ 医療用医薬品の薬価改定方式として、最初に導入されたのは、昭和 26 年(1951 年)から実施されたバルクライン方式である。これは医薬品全体の取引量を安い方から並べて一定の数量をカバーする1点の取引価格を基準価格とするという方式であった48。
○ 昭和 36 年(1961 年)の国民皆保険制度の導入後、医薬品卸売販売業者と医療機関等の取引(川下取引)では、医薬品卸売販売業者の主力取引先は医療機関が中心となっていた。
○ 当時の製薬企業と医薬品卸売販売業者の取引(川上取引)では、製薬企業が値引きの範囲をコントロールして医療機関への販売価格を決める「値引補償制度」49であったが、平成3年(1991 年)には再販売価格維持が疑われる行為として廃止され、製薬企業が医薬品卸売販売業者に販売する価格(仕切価)を提示し、医薬品卸売販売業者が医療機関等と交渉して納入価を決定する「仕切価制」へと移行した。
○ 医療機関と医薬品卸売販売業者の取引では、当初、製薬企業ごとに取引をしていたが、市場では市場規模が大きく汎用性の高い生活習慣病治療薬などの新薬が多数登場し、個別の価格交渉が煩雑になったため、医療機関は複数の製薬企業の医薬品を一括して購入することを要望し、医薬品卸売販売業者が販路拡大のためにこれを受け入れ、「総価山買い方式」、「仮納入」が広がり、現在570 の「総価取引」、「未妥結・仮納入」につながる取引慣習となっていった。
○ かつて、医療機関は、薬価差を得るために患者への過剰な医薬品の処方を行っているという指摘があったことから、医薬品の適正処方等を目的として、医薬分業が推進50された。
②加重平均値一定幅方式(R幅方式)、市場実勢価格加重平均値調整幅方式の導入
○ 平成4年(1992 年)からは、実勢価格をより適切に反映し、価格の不自然なばらつきの一層の是正、算定方式の簡素化等を図るため、バルクライン方式に代わって加重平均値一定幅方式(R幅方式)が導入された。R幅方式は、市場実勢価格の加重平均値に一定の幅を加算して薬価の引き下げ率を緩和させる方式である51。
○ 平成 12 年(2000 年)からは、不合理な薬価差の解消を目的とし、R幅方式に代わり、加重平均値に調整幅2%を加算する市場実勢価格加重平均値調整幅方式が導入された。
○ 川上取引では、仕切価制において、医薬品卸売販売業者は市場における価格交渉を担っているものの、医薬品の仕切価は高い値で推移し、平成 15 年(2003 年)以降、仕切価が納入価よりも高い「一次売差マイナス」が発生している。卸売販売業の利益は、実質、製薬企業から支払われるリベートやアローアンスで補填される構造となっており、「値引補償制度」から続く、収益の二重構造は実態として解消されていない。
○ 一方、川下取引では、医薬分業の進展とともに、医薬品卸売販売業者の売上げシェアは、医療機関から薬局へと移行したことにより、医療機関における薬価差は減り、薬局の薬価差は増えている。一部の取引においては、総価取引による一括値引きなど、過去の商習慣に基づいた取引が行われている。
〇 また、近年取引される医薬品のカテゴリーについて、生活習慣病治療薬などの新薬の特許が満了し、その多くが後発品に置き換わっている中で、競合品の少ない希少疾病用医薬品などの占める割合が増加している。これらの医薬品は高価格であったり、特殊な品質管理を要することであったり対象となる患者が限定されているといったものが多く、これまでの大量生産・大量販売とは異なる流通体制の構築が必要となっている。
(薬価差が発生する要因と現状)
○ 薬価差が発生する要因としては、以下の2つが考えられる。
① 取引条件や競争条件の違いから必然的に発生するもの。例えば、取引量が多く配送コストのスケールメリットが働く場合、配送先が広範囲に存在する地方や離島に比べ、配送先が集約している都市部のコストが少なくなるなどにより実勢価格が異なることで発生するもの
② 薬価差を得ることを目的とした値下げ604 交渉や販路拡大のための値下げ販売により発生するもの
○ ここで問題となるのは、上記の②において、適切な流通取引を阻む過度な薬価差が発生している場合である。
○ 薬価差を得ることを目的とした値下げ交渉の背景には、薬価差が医療機関等の経営原資となっていることが挙げられる。
○ 近年では、チェーン薬局や価格交渉を代行する業者が大規模化することで価格交渉力を強めるとともに、全国の取引価格をデータ化しベンチマークを用いた価格交渉が常態化し、一部の医療機関や薬局はこれを利用して値引き交渉するなど、薬価差を得ることを目的とした取引が増えている。これらにより、過度な薬価差が発生しており、こうした取引の一部では、他の医療機関等よりも薬価の乖離幅が拡大し、結果として「過度な薬価差の偏在」が生じている52。
(調整幅)
○ 流通経費は市場原理下で発生する配送効率によりばらつきが生じる。調整幅は、市場実勢価格の加重平均値に調整幅として2%が加えられている。中央社会保険医療協議会では「薬剤流通安定のため」に必要なものとされてきたが、その根拠は明示されていないものの、上記の①のばらつきを吸収しているものとも考えられる。
○ しかし、調整幅が導入されてから 20 年以上が経過し、近年の医薬品のカテゴリーの多様化がある中で、配送効率による価格のばらつきに変化が生じてきていると考えられる。一律2%とされてきた調整幅については、実態と整合がとれなくなってきていると指摘されている。
1.3.2 医薬品取引と医薬品卸売販売業者の実態
(価格交渉の実態)
○ 医薬品の取引においては、新薬や長期収載品、後発品など製品の特性によって、乖離率に差が出ているが、その要因の1つには、カテゴリーごとの取引体系の違いがあると考えられる。
○ 長期収載品や後発品においては、医薬品の品目数が極めて多いという製品の特徴により、個別の品目について価格を交渉し、合意することが実務的な負担につながることから、医療機関等は、医薬品卸売販売業者との取引において前回改定時の値引き率をベースに総額での一律値下げを求める総価取引が行われることが多い。
○ このような取引では、競合する品目が少ない新薬の価格は比較的維持されているものの、汎用性が高く競合品目が多い長期収載品や後発品は、医療上の必要性に関わりなく、総価値引きの目標金額の調整に使用638 される傾向があり、薬価の下落幅が大きくなっている53。
○ 安定確保医薬品54の中にも、薬価調査のたびに高い乖離率を示している品目があり、こうした品目の中には、上記のような総価取引における調整弁として値引きがされているものもあると考えられる55。さらに、最低薬価が適用される医薬品においても、薬価差が発生している現状を踏まえると、乖離率にかかわらず改定前薬価まで薬価が戻るという仕組みがあるため、総価取引の調整に使われている要因になっている可能性があると考えられる56。
〇 価格交渉における負担についてみると、令和3年度(2021 年度)から実施された毎年薬価改定により、薬価改定頻度が増加したことから、医薬品卸売販売業者のみならず製薬企業や医療機関等といった流通関係者において価格交渉の機会が増えることになり、結果として負担が増加している。
〇 また、このことが、医療機関等が価格交渉を代行する業者にこれらの業務を委託する一つの要因となっていると考えられ、結果として、医療に直接関与しない価格交渉を代行する業者が事業規模を拡大し、医薬品の価格形成にも影響を与えていると考えられる。
○ 医薬品卸売販売業者は、へき地や離島も含めて、全国に毛細血管のような流通網を構築している。また、災害時においても医薬品を安定的に供給することで、地域医療を支えており、医療提供には必要不可欠の存在となっている。
○ 医薬品の配送については、医薬品が多品目であることや生命関連商品であることから、緊急時にも即応しなければならないなど、欠品を発生させない対応が求められる。それに加えて、昨今では後発品を中心とした医薬品の出荷調整や欠品が常態化しており、製薬企業や医療機関等との調整業務等により、医薬品卸売販売業者に過度な負担がかかっていることが指摘されている。
(医薬品卸売販売業者の経営実態)
○ 元来、市場実勢価格加重平均値調整幅方式で薬価改定が行われるということは、改定後の薬価が従前の市場実勢価格を下回るケースも生じうるが、結果として薬価改定後に市場実勢価格との逆転が発生していないのは、製薬企業が仕切価を下げ、医薬品卸売販売業者が販売管理費を削減することにより、これを吸収していることによるものとも考えられる。
○ それに加えて、現下の価格交渉の実態等や毎年薬価改定の影響により、医薬品卸売販売業者の業務上の負担は増加しており、こうした中で、医薬品卸売販売業者においては販売管理費をさらに削減し、営業利益を捻出している状況にあると考えられる。
○ このような状況の中、近年では、ガソリン代、電気料金などの高騰により医薬品卸売販売業者の収益構造がさらに悪化しており、その経営は非常に厳しいものとなっている。
第2 章 医薬品の678 迅 速 ・ 安 定 供 給 実 現 に 向 け た 対 策 の 方 向 性
○ 第1章に記載した課題に対して、政府が取り組むべき対応策を以下にて提言する。
2.1 医薬品の安定供給の確保に向けて
2.1.1 後発品産業構造の見直し
○ 資金や人材などが限られている中、製薬企業は事業を戦略的に集中させていく必要がある。その上で、国民に高水準の医療を持続的に提供できる世界を目指すためには、先発品企業は革新的な医薬品を創出し続け、後発品企業は、特許が切れた医薬品を安定的に供給し続けるという役割分担を形成することが必要である。
○ この中において、後発品企業は、国民にとって必要不可欠となった後発品について、品質を確保しつつ将来にわたって安定的に供給し続けることが求められる。そのためにも、製造管理及び品質管理の徹底は当然として、製造ラインの品目切り替えを極力減らすこと等による生産の効率化を行うとともに、非常事態に対応できる余力を持った製造が求められる。
○ しかしながら、現状では第1章で記載したように、複数の後発品企業において、製造管理及び品質管理の不備による薬機法違反が発覚し、これを端緒として多くの医薬品において出荷停止や限定出荷が発生するとともに、これが長期化し、国民に必要な医薬品が供給されない状況が続いている。
○ こうした事態は、これまで政府において後発品の使用促進が進められ、市場が大きく拡大する中で、必ずしも十分な製造能力や体制を確保できない多くの企業が新規品目を上市することや、十分な製造管理も行われない中で少量多品目生産が行われるといった後発品産業特有の産業構造上の課題がその大きな背景の一つと考えられる。このため、今後、これまでのような大きな市場拡大が見込めない中にあっても、後発品の安定供給を確保していくためには、このような産業構造の在り方そのものを見直していくことが必要である。
○ その際には、医薬品の種類は非常に多く様々なカテゴリーがある中で、各企業がそれぞれの特性を活かしつつ分業を行うことで安定供給が実現できる産業を目指していく必要がある。
○ 政府においては、今後の後発品産業の在るべき姿を策定するとともに、その実現を図るため、以下に掲げる方策について、これらを更に具体化するための会議体を新設し、速やかに検討に着手すべきである。
(上市に当たって十分な製造能力等を求める仕組みの構築)
○ 第1章でも述べたように、これまで後発品の使用促進を進める中で、共同開発が導入されたことに伴い、必ずしも十分な製造能力を確保できない多くの企業が新規品目を上市し、激しい価格競争による薬価の引下げや、先発品の特許切れに伴う更なる品目の増加を招いてきた。しかも、一部の企業においては、一定期間後には市場から撤退しているという実態も把握されたところである。
○ このような実態が結果として、後発品の不715 安定供給につながったという経緯を踏まえ、特にこれまでのような大きな市場拡大が見込まれない中にあっては、新規品目の上市に当たって、十分な製造能力を確保していることや継続的な供給計画を有しているといった安定供給を担保するための一定の要件を求め、これらの要件を満たさない企業は結果として市場参入することができなくなる仕組みを検討すべきである。
(安定供給を行う企業の評価)
○ 新規品目の上市時における対策の検討に加えて、品質が確保された後発品を安定供給できる企業が市場で評価され、結果的に優位となるような対策が求められる。
○ このような観点から、医薬品の安定供給等に係る企業情報(製造能力、生産計画、生産実績等)の可視化(ディスクロージャー)を行った上で、これらの情報を踏まえた新規収載時及び改定時の薬価の在り方を検討すべきである。
(品目数の適正化・業界再編に向けた取組)
○ 以上の取組に併せて、少量多品目生産といった構造的課題を解消し、企業における品目ごとの生産能力を高める観点から、業界再編も視野に入れつつ、品目数の適正化や、適正規模への生産能力の強化を進めることが必要である。
○ こうした観点から薬価の在り方を検討するとともに、他産業での業界再編に向けた取組も参考にしつつ、例えば、品目数の適正化に併せた製造ラインの増設等への支援や税制上の優遇措置を検討するなど、政府において、ロードマップを策定した上で、期限を設けて集中的な取組を行うべきである。
(医薬品の安定供給の確保に向けた政府による基盤整備)
○ 後発品企業においては、これまでの数次にわたる法令違反の事案を踏まえ、引き続き、製造管理及び品質管理の徹底を図ることが必要である。
○ その上で、製造所における管理体制に係る評価項目の見直しを含め都道府県における薬事監視の体制を強化するとともに、国と都道府県の薬事監視の速やかな情報共有を含めた連携体制の整備を行い、薬事監視の質的な向上を図る必要がある。
○ また、各製造所において製造効率の向上と品質確保の両立が図れるよう、異業種におけるノウハウの活用について検討するとともに、迅速な薬事承認を可能とする体制の確保や変更手続のあり方を明確化することで、製造効率の向上に向けた企業マインドを醸成することについても検討すべきである。
2.1.2 薬価基準制度における対応
○ 上述のとおり、少量多品目生産といった構造的課題を解消する観点から、薬価の在り方を検討する。その上で、仮にこれらが解消された場合であっても、現状の薬価改定方式であれば価格が永続的に引き下がることになり、採算性の低い品目を抱え続けることになる。
○ このような問題に対応するために、2.3753 の医薬品流通における対応に加え、後発品以外の医薬品を含め、医療上の必要性が高い医薬品の薬価を下支えしつつ、安定供給が可能となるよう、最低薬価、不採算品再算定、基礎的医薬品といった制度やその運用の改善を検討するとともに、中長期的には、採算性を維持するための新たな仕組みの検討を進めるべきである。その際、最低薬価、不採算品再算定、基礎的医薬品の制度の改善等の検討に当たっては、企業努力を促す観点や医療保険財政のバランスを確保する観点から、他の制度改善等との優先順位を考慮すべきである。
2.1.3 サプライチェーンの強靱化
○ 医療提供の持続可能性にも関わる医薬品供給リスクに対処するため、医薬品製造に係るサプライチェーンの強靱化を着実に図るべきである。
○ 原薬や原材料の調達段階を中心としたグローバルサプライチェーンの断絶や災害等の様々な供給リスクに対処するため、各企業における安定供給に向けた取組を支援するとともに、原薬等の共同調達等の取組を促すべきである。これらに加えて、供給不安に係るリスクシナリオの整理やそれを踏まえた行動計画の整備等、医薬品のサプライチェーン強靭化に向けた体制を構築することが必要である。
○ また、それらの対応に当たっては、供給情報等の共有が重要となることから、上述のとおり、安定供給等の企業情報の可視化を推進することに加え、政府自らが主導して、特に医療上必要な医薬品については、需要側とのマッチングも見据え、一連のサプライチェーン上の供給状況を関係者がより迅速に把握することが可能な仕組みの構築を検討すべきである。
○ さらに、緊急時には、政府のイニシアチブの下、医薬品の適正な供給が可能となるよう、予め関係者間でその方策を検討しておく必要がある。
2.2 創薬力の強化、ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの解消
2.2.1 創薬力の強化
○ 製薬産業は日本の基幹産業であり、革新的新薬を海外に展開することで外貨を獲得し、日本経済を牽引する成長ドライバーとしての役割が期待されている。
○ 世界中で広く使われる革新的新薬を創出し続けることが先発品企業に求められるところ、第1章で記載したとおり、日本の製薬産業の現状としてはそのような創薬力を有しているとは言えない状況にある。
○ 今後の日本経済の成長を牽引することが期待される製薬産業の成長を後押しする観点から、今後の大きな政策の方向性として、先発品企業がリスクを取って最新技術を活用した革新的医薬品の創出に挑戦することを促進していく必要がある。
○ また、昨今の環境変化を踏まえると、モダリティの移行に伴って高まる創薬の難化に対応するため、ベンチャー企業やアカデミアに加え医薬品開発業務受託機関(CRO)や医薬品製造受託機関(CMO)、医薬品製造開発受託機関(CDMO)といった各プレイヤーがそれぞれの専門性を活かしてバリュー790 チェーンを構成するエコシステムを構築することが重要である。
○ そのためには、政府のみならず、エコシステムの一員である産官学の各プレイヤーが同じ目標の下、戦略的に資源を投下し、必要な施策を関係者が主体的に進めていくべきである。
(戦略の策定)
○ 遺伝子組み換え型のバイオ医薬品、遺伝子治療系の再生医療等製品といった新規モダリティへの移行に立ち遅れないために、積極的に新規モダリティに投資し、国際展開を見据えた事業を展開できるよう、政府一丸となって、総合的な戦略を作成し、企業等に示すべきである。
(新規モダリティの創出に向けた取組)
○ アカデミアにおける創薬基盤技術の研究、疾患原因や標的分子の基礎的な研究の一層の充実が必要である。その際には、創薬基盤技術を用いた創薬研究など、実際にアセットを作ることを推進、強化すべきである。
○ 新規モダリティに係る研究開発を行う企業に対しては、当該分野に係る研究開発を行った場合の税制優遇や新薬候補探索支援(シーズ・ライブラリ構築)等を検討すべきである。
○ バイオ医薬品の製造や人材育成の支援として、経済産業省が推進するデュアルユース製造拠点57の構築に併せて、バイオ医薬品の製造に必要な人材を育成することが重要である。これらの取組を通じて、まずはバイオシミラーの国内製造を促進し、中長期的には、バイオ医薬品の開発に係るケイパビリティを強化し、国内におけるバイオ医薬品全般の開発につなげていくことが必要である。
(ベンチャー企業の育成・支援)
○ ベンチャー企業については、医療系ベンチャー・トータルサポート事業(MEDISO)等による各種支援の取組を進め、国内外の企業との共同研究や、ライセンス提携、M&Aのほか、資金調達、知財戦略等、開発から上市、さらには海外展開まで一貫したサポートを実施し、より活躍しやすいような環境整備を行うことが必要である。
○ また、失敗した場合でも再度挑戦できる環境を作ることが重要である。このため、魅力的なベンチャー企業のネットワーク、クラスター(集積)を作り、再度のチャレンジが行える環境の構築に努めるべきである。
○ ベンチャー企業がシーズの創出から臨床開発の全てを一社で実施する必要はない。海外では、CRO、CMO、CDMO といったものが多いが、日本では、特にバイオ医薬品に関して、それらの企業への育成施策が十分で825 はないことから、ベンチャー企業への支援と併せ、これら機関の育成を図ることが必要である。
(人材の流動化)
○ 海外、特に創薬の中心となっている米国の人材を活用していくことが重要である。例えば、米国で法人を作り、人材や資金を獲得するといった、現地のエコシステムに入り込んで行われる医薬品開発も支援すべきである。
○ 専門知識の共有化を図るために、製薬企業、アカデミア、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)や PMDA と創薬スタートアップやベンチャーキャピタルが交流する仕組み(兼業や副業を含む)を構築することが必要である。
(エコシステムの構築)
○ 創薬スタートアップ・エコシステムを日本に構築して根付かせるためには、1つでも多くの成功事例(革新的な医薬品の開発の進展や上市及び創薬スタートアップの企業価値の向上)を生み出すことが必要である。アカデミアなどでシーズを創出した研究者、スタートアップの起業家、そしてベンチャーキャピタルなどの支援者の中で成功事例が生まれることによって、次の起業や投資につながり、エコシステムの正の循環が進むと考えられる。
○ ベンチャー企業は、現状においては、どこかのタイミングで製薬企業へライセンスアウトすることが想定される。このようなベンチャー企業の動きを促進するためにも、製薬企業への働きかけ、特に製薬企業に優遇制度が適用されるような取組、ベンチャー企業との連携推進を促すべきである。
○ 国内外の製薬企業やベンチャー企業、アカデミアといった関係者間のマッチングがうまく進んでおらず、産学連携に対しての期待感が上がっていない現状がある。産学間のマッチングが促進されるよう、政府として、現在の取組を更に充実させるべきである。
(データ利活用等)
○ 創薬を行うに当たっては、電子カルテ情報の整備等の医療 DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に向けた取組など、リアルワールドデータの利活用を促進するとともに、全ゲノム解析等実行計画の推進による情報基盤の整備と結果の患者への還元を推進すべきである。
(革新的創薬に向けた研究開発への経営資源の集中化)
○ 研究開発型企業においては、革新的創薬に向けた研究開発への経営資源の集中化を図るべきであり、特許期間中の新薬の売上で研究開発費の回収を行うビジネスモデルへの転換を促進するため、薬価制度の見直し等を行うことが必要である。
○ 第1章に記載のとおり、長期収載品につ862 いては、今なお諸外国と比べその使用比率が高くなっていること等を踏まえ、長期収載品による収益への依存から脱却するため、原則として後発品への置換えを引き続き進めていくべきである。
○ その際、後発品への置換えが数量ベースで約8割、金額ベースでは約4割となるものの、近年は横ばいの状態が続いていることを踏まえると、更なる置換え促進には、これまでと異なるアプローチを検討することが必要である。
○ こうした点を踏まえ、新薬の研究開発に注力する環境を整備する観点や、長期収載品の様々な使用実態(抗てんかん薬等での薬剤変更リスクを踏まえた処方、薬剤工夫による付加価値等への選好等)に応じた評価を行う観点から、選定療養の活用や現行の後発品への置換え率に応じた薬価上の措置の見直しを含め、適切な対応について、検討すべきである。
(バイオシミラーの政府目標)
○ バイオシミラーの使用促進に係る数値目標については、令和 11 年度(2029 年度)末までに、バイオシミラーに 80%以上置き換わった成分数が全体の成分数の 60%以上にすることと設定されたことを踏まえ、これを第4期医療費適正化計画(令和6~11 年度)に反映するとともに、各品目の特性や状況を踏まえつつ、治療の初回からバイオシミラーを積極的に使用することを促す等の置換え推進策を順次検討すべきである。また、市場での状況をモニタリングし、必要に応じて追加施策を検討すべきである。
2.2.2 ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの解消
○ 医療上必要な医薬品が患者に対して迅速かつ安定的に届くことが重要であることは論を待たないが、現状では、希少疾病や小児、難病の医薬品を中心として、ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの懸念も生じており、必要な医薬品が迅速に利用できない患者が存在している状況にある。
○ この背景には、第1章で述べたとおり、世界的なモダリティの変化やこれに伴う創薬主体の変化に必ずしも現行の薬事制度や薬価制度が適合していないという現状があると考えられる。医療上特に必要な革新的医薬品が迅速に患者に届く環境を整備するためには、これらを大胆に見直すことが必要であり、また、現に患者に届いていない医薬品に対しても、現行制度を最大限活用することで、少しでも早く患者の元に届くよう、速やかに対策を講ずるべきである。
(国際共同治験の推進や治験環境の整備)
○ 第1章でも述べたとおり、医薬品の開発において、最もコストを要するのは臨床試験の実施であり、特に日本における臨床試験のコストは国際的に比較的高いことが指摘されている。
○ 現在は、日本の治験パフォーマンスが海外に比べて低いという状況であり、特に、国際共同治験においては、日本人症例の組入れが遅いといった理由で、日本を避けるという意見もある。グローバルから選ばれる国になるためにも、政府が中心となって国際的なポジションを高めることが必要で901 あり、国際共同治験の国内治験実施施設における国際対応力を強化するとともに、国際共同治験に参加するための日本人データの要否など、薬事承認制度における日本人データの必要性を整理すべきである。
○ また、治験コストの低減を図るため、治験 DX58の実装など、治験環境の整備を推進することも必要である。
(薬事関係)
○ モダリティの変化などの技術革新、創薬環境や産業構造の変化等を的確に捉えるとともに、製薬企業が日本での開発を行わない現状を認識し、医薬品の有効性及び安全性を適切に評価しつつ、迅速な開発に資するよう、レギュラトリーサイエンスに基づき薬事制度の在るべき姿を検討すべきである。
○ 日本の希少疾病用医薬品指定制度が欧米よりも指定時期が遅いこと59から、欧米に比べ、その指定数が少ない現状を踏まえ、開発の早期段階で指定できるよう、運用の見直しを検討する60とともに、そのために必要な PMDA の体制を整備すべきである。
○ 製薬企業に小児用医薬品の開発を促すため、成人用を開発する段階で、製薬企業に小児用医薬品の開発計画の策定を促すとともに、開発に当たって、新規インセンティブを検討すべきである。
(海外へのプロアクティブな情報発信)
○ 既存のベンチャー相談支援事業の海外向け PR や遠隔相談の実施、PMDA による英語での情報発信や相談などの取組を実施し、日本の制度を海外に正しく伝達することが必要である。
(現に発生しているドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスへの対応強化)
○ 先進医療・患者申出療養等に係る AMED 研究事業により、あらかじめニーズの高い疾患(小児がん等)について、臨床研究中核病院等が作成する研究計画を支援し、先進医療・患者申出療養等を活用した治療が速やかに行える体制を構築すべきである。
○ 医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議の実施に当たっては、PMDA の体制を強化し、評価や薬事承認を加速させるとともに、併せて検討会議のスキームを外資系企業に発信し、検討会議の利用を促進することが必要である。
(患者参画)
○ 医薬品による治療等の対象者である患者に資する制度を実現するため、その意見を収集、理解し、薬事や薬価等、医薬品に係る規制の運用等を患者視点で確認や改善を行うことにより、医薬品の迅速な導入や安定供給に活用すべきである。
○ さらに、近年は、医薬品開発等への患者参画の取組が活発化していることを踏まえ、それらを支援する取組も重要である。
(薬剤耐性(AMR)の研究開発)
○ 薬剤耐性菌に対する抗菌薬については、更なる AMR を生まないために、真に必要な患者に限り使用することが重要である。また、薬剤耐性菌に対しての新規抗菌薬開発についても進めていく必要があるが、適正使用上の規制がかかるため、製薬企業にとっては創薬に対する経済的利点が乏しい状況がある。
○ このため、本年度から開始する抗菌薬確保支援事業を着実に実施するとともに、対象とする抗菌薬の考え方や費用対効果等を検証し、適切なプル型インセンティブを創出すべきである。
○ 製薬企業における投資回収の予見可能性を高め、日本の医薬品市場の魅力を向上させるためには、薬価基準制度について、以下のような取組を進めるべきである。
○ なお、これらの取組に当たっては、医療保険財政への影響を考慮し、メリハリをつけた対応をするなど、国民皆保険との両立を可能とするような仕組みを併せて検討すべきである。
(新規収載時薬価)
○ 再生医療等製品といった新規モダリティや、比較薬がないような革新的な医薬品については、原価計算方式による透明性の確保が難しくなっていることや、薬事承認に係るデータだけでは価格に関して十分に評価できないことから、既存の枠組にとらわれず、新たな評価方法を検討すべきである。
○ 一方で、希少疾病や小児、難病等の治療薬といった医療上特に必要な革新的医薬品について、ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスを解消するため、迅速な導入に向けて、新たなインセンティブを検討すべきである。例えば、革新的な医薬品を国内に迅速に導入した場合(欧米への上市後一定期間内に国内上市した場合等)の薬価上の評価の在り方を検討すべきである。
(改定時薬価)
○ 新薬創出等加算制度について、新薬創出に寄与しているベンチャー企業が開発した医薬品の薬価に関して、新薬創出等加算における適切な評価の在り方を検討すべきである。
○ また、希少疾病や小児、難病等の治療薬970 といった医療上特に必要な革新的な医薬品については、特許期間中の薬価を維持する仕組みの強化を検討すべきである。
○ 日本における早期上市の促進という課題も踏まえて外国平均価格調整の仕組みについて検討を行うほか、例えば、市販後のリアルワールドデータも活用しながら、医療機器の保険導入におけるチャレンジ申請61のような制度についても導入を検討すべきである。
(市場拡大再算定)
○ 市場拡大再算定について、近年のバイオ医薬品や抗がん剤において、複数薬効・効能を持つ医薬品が多くなっている実態も踏まえ、再算定の対象となる類似品の考え方について見直しを検討すべきである。
(薬価制度改革)
○ 医薬品の開発促進の観点からは、透明性があり、予測しやすい薬価制度が求められる中で、日本においては、過去6年間にわたって毎年薬価改定が実施され、制度も複雑化している状況にある。こうした状況を踏まえ、薬価制度改革を検討する際は、投資回収の予見可能性の低下に対しても十分考慮することが必要である。
2.3 988 適切な医薬品流通に向けた取組
○ 薬価が公定価格として決められている中で、医薬品の取引は自由取引により市場に委ねられていることから、かねてより、薬価差問題に加え、様々な取引慣行(一次売差マイナス、総価取引、未妥結・仮納入、頻繁な価格交渉や契約等)が存在している。
○ これまで、流通改善に関する懇談会62での議論も踏まえ、流通関係者において、ガイドラインに基づく取組が実施されてきたことで、こうした取引慣行については、一定の改善が図られてきたが、未だ抜本的な改善には至っていない現状にある。
(医薬品特有の取引慣行や過度な薬価差・薬価差偏在の是正)
○ 医薬品取引においては、製薬企業、医薬品卸売販売業者、医療機関等をはじめとした流通関係者全員が、流通改善ガイドライン63を遵守し、医薬品特有の取引慣行や過度な薬価差、薬価差の偏在の是正を図り、適切な流通取引が行われる環境を整備していくべきである。その際には、希少疾病用医薬品や新薬創出等加算品、長期収載品、後発品など、医薬品の特性分化により、取引体系の違いがあることを考慮する必要がある。
○ 総価取引を改善するための措置として、医療上必要性の高い医薬品については、過度な価格競争により医薬品の価値が損なわれ、結果として安定供給に支障を生じさせるおそれがあるため、当該医薬品を従来の取引とは別枠とするなど、流通改善に関する懇談会等で検討の上、流通改善ガイドラインを改訂して対処していくことが必要である。
○ また、購入主体別やカテゴリー別に大きく異なる取引価格の状況や、過度な値引き要求等の詳細を調査した上で、海外でクローバックや公定マージンが導入されていることも踏まえ、流通の改善など、過度な薬価差の偏在の是正に向けた方策を検討すべきである。
(流通コストの状況を踏まえた対応)
○ 薬価改定時の調整幅については、「薬剤流通安定のため」のものとされてきたが、希少疾病用医薬品については、配送場所が限定されることから、配送コスト等の地域差が市場実勢価格に与える影響が小さく、後発品については、汎用性が高く全国に配送されることから、地域によっては、市場実勢価格に与える影響が大きいのではないかと考えられる。全国にあるグループ店舗の本部一括交渉において、配送コスト等が考慮されていない取引もあると考えられる。そもそも、高額で軽い医薬品は配送コストが市場実勢価格に与える影響が小さく、低額で重い医薬品についてはその影響が大きいという問題もある。このような状況を1020 踏まえて、どのような対応をとり得るか検討を続ける必要がある。
その他の課題
○ 本検討会においては、前述のほか、以下のような意見があった。
・ 今後、医療保険制度の下、医薬品の安定供給を確保するとともに、研究開発型のビジネスモデルへの転換を促進し、創薬力の強化、ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの解消に向けて、新薬創出等加算の在り方を含め、革新的な医薬品の評価の改善等、薬価上の対応を行うに当たっては、以下のような本検討会における指摘について、必要な措置を講ずるべき。
 長期収載品について、現行の後発品への置換え率に応じた薬価上の措置を見直すべきではないか。
 後発品への置換えが進んでいない長期収載品については、様々な使用実態(抗てんかん薬等での薬剤変更リスクを踏まえた処方、製剤工夫による付加価値を踏まえた選好等)や安定供給の確保を考慮しつつ、選定療養の活用など、後発品の使用促進に係る経済的インセンティブとしての患者負担の在り方について、議論が必要ではないか。
 長期収載品以外の医薬品を含めて、薬剤一般について軽度の負担を広く求めるべきではないか。
・ 毎年薬価改定については、そもそも特許期間中に薬価改定が行われ、価格が引き下がることが、日本市場の魅力を引き下げている一因だと指摘されていることや、後発品の価格の下落と採算性の低下の加速により、医薬品の供給不足をさらに助長するおそれがあることを踏まえ、その在り方を検討すべきではないか。
・ 財源に関する議論は、医薬品の早期導入や安定供給というより医療保険財政政策上の話であって、これとは別に創薬力の強化、ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの解消に向けた政策を進めるべき。
・ 薬剤費について、少なくとも中長期的な経済成長率に沿うように、最低限伸ばしていくというような仕組みの検討を行うべきではないか。
・ 薬剤費は世界中で GDP の対前年度比を上回って成長しており、仮に日本においてGDP の成長率に収まったとしても、世界市場から比べれば見劣りし、日本の医薬品市場の魅力の向上につながらないのではないか。
・ 産業育成を公的保険の枠内で考えるのではなく、枠外で考えることも必要ではないか。例えば、セルフメディケーションを推進し国民の選択肢を増やすという観点から OTC 医薬品産業を育成するなど、医薬品全体としてのビジョンやエコシステムを検討すべきではないか。
・ 薬価調査のデジタル化を進め、関係者の作業負担の軽減や効率化を図る。また、薬価制度改革の政策評価を正しく行うため、政府が主導して薬剤費等のデータを収集することが必要である。
おわりに
○ 本検討会は、近年発生している諸課題を中心にその課題の分析と対応策の方向性に係る検討を行ってきた。
○ 対応策として提案した制度の詳細や関係者との合意形成については、関係する各会議体で実施されるべきであり、また、政府において直ちに対応できるものは、各担当省庁において検討の上、速やかに実施すべきである。
○ 各会議体での検討や、政府における対応策の実施状況のフォローアップを行うため、本検討会は引き続き議論を行うとともに、人口構造の変化や技術革新など、医薬品産業を取り巻く環境の変化を踏まえ、新たな課題等の検討を行うこととしたい。


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